成田家家紋

 関東幕注文(大日本古文書家わけ12‐1)によると、成田下総守の「月ニ三引里やう」は全国紋章之規劃統一平安紋鑑にも掲載されていないので、実際には不明ですが、ネットで見かける家紋で良いと思いますが、同尾張守(久下氏→別符氏(養子))の家紋は「三ひき割里やう=九ツ割三引=九つ割り三つ引両」ですので、映画「のぼうの城」での成田氏の家紋は間違っていると思います。


 のぼうの城では、左図の「六三(63)」であったようですが、原文の写と思われる関東幕注文からすれば、尾張守には「割」の字が入っています。
 熊谷市史でも、これは「衍」かと書かれていますが、「割」の字と思います。 「割」の字は「衍(余計なもの)」ではなく、家紋の「九つ割三つ引紋」を表していると思います。
 「のぼうの城」では、左図の「丸に離れ三つ引」のようでしたが、その紋では、「割」の字は入りません。 「割」の字が入るのは、三引きでしたら九つ割り、二引でしたら七つ割りで、紋の白黒部分を正しく比率で割る紋のようです。
 関東幕注文の「同尾張守」の紋には「割」の文字が書かれています。これをは「衍」でないと考えます。
 
 下の「最中」の写真はブログ「見栄子の熊谷らいふ」さんから拝借しました

 
 三つ引きの家門入りの最中です。割り方は正しくはないようですが、最中ですので良いと思いますが、映画はしっかりと調べて「割り三つ引き両紋」を表現しないと、見た人はあの紋が成田氏の紋と思ってしまうと思います。。